たにしです。
朝起きてから、切なさが抜けません。
何とか起き上がると、足が筋肉痛で「ぎゃ!」と叫びます。
ほっといてもよくならないので、リビングにコーヒーを飲みに行きます。
お湯を沸かし、コーヒーを飲み、その間にパンを焼き……
どうにもさみしくて仕方ない。
そう。
山に心を置いてきてしまったのです!!
山登りはめんどくさい
たにしはよく、「たにしお山のぼーる!!」と日常生活でも叫んでますが、実は山登りがくっそめんどくさいです。
ザックに入れるものを選ぶのがめんどくさい、行動食を買ってくるのがめんどくさい、水を凍らせる、ポカリを作る、タオルはどこだ、手袋はどこだ、カメラの充電は、モバイルバッテリーは、どの山に行くのか、山の行動時間は何時間か、駐車場はどこで、運転はどんだけしなきゃいけなくて、ガソリンは足りてるのか、そもそも天気はどうなのか、じゃあ朝は何時に起きるのかああああああああああ!!!(発狂)
行き慣れた低山は気軽に行けるのであまり悩まないんですが、初めて行くところだとかなり気をはっているので疲労がすごいです。
ましてや計画たててもその通りにならないので、ことさらメンドクサイ。
登っている最中の自問自答タイム
登りの30分~1時間は体が慣れないせいもあって本気できつい。これで道が急登だったら殊更後悔の嵐。
何故私は山に来ているのかという自問自答、もういっそどこかで引き返したい。たいてい、山登りの日は前日にうまく寝つけなかったりするので、体休めたいという欲求にかられます。
内心ぐちぐち考え始めますが、今やってることがめんどくさい仕事(問い合わせの電話、仕事場での調整、人間関係など)と比べてどっちがマシか、と自問していると、弱気な貝は黙って歩き始めます。
で、きっつい運動していると他の事が考えられないので、大抵他の事がどうでもよくなってきます。
視界が開ければ全部チャラ
景色のいい山が好きです。
歩いていて面白い花が見られるのも好きです。
苦しい登りも、視界が開ければ全部チャラ。
一気にテンションが上がるので、ここからが、貝の本当のスタートなのかもしれません。
大日岳なら大日平の木道、白山なら甚之助避難小屋。
ただ体は正直なので、そこから急登があると息があがってしまいます。
ごはんを食べれば元気になる
登りが嫌いなたにしも、山頂を踏んで、景色を堪能したあと、ごはん食べればご機嫌です。
最近はカップ麺とか安い菓子パンばっかりなのですが、秋になったら天ぷら入りの煮込みうどんを食べたいなあと考えています。
下山していると、「次はどの山に登ろうかな?」なんて性懲りもなく考えています。
山に心を置いてくる
今回は、土曜日に白山、日曜日に倉ヶ岳に行ってきました。
どうにも白山に行くとインパクトが強すぎて、終わった後の虚脱感がすさまじいです。
現在この記事を書いて、少し心が落ち着いてきました。
白山に限らず、2000mを超える山に登るとたいてい登山中毒になりかけます。といっても、自分の力で行ったのは白山と大日岳なので、他を知らないのですが。
山の稜線を歩きながら、連なる山々に思いをはせ、石と緑のコントラストと抜けるような青い空の下、山を楽しむ人の声。
思い出すだけでスイッチがオンになって、今日も行きたいってトチ狂ったことを思います。
Twitterで、登山依存の悪循環という図がありますが、まさしくあれが起きてます。
きっと心を標高2000mに置いてきてしまったのです。
取りに行かないといけないので、今週末は天気がよければ別山を計画しています。
そして当日、「朝起きるのが嫌ぁああぁぁ!!」と駄々をこねながら車に荷物を詰め込むのでしょう。